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いじめは犯罪

 暴力を伴ういじめや、恐喝行為などは、いじめる側が成人していれば間違いなく犯罪行為です。刑事事件にはならなくても、精神的苦痛を与えられた場合も民事裁判を起こし、訴えることができるでしょう。

 ですがいじめる側が子供の場合は、はたから見れば犯罪行為そのものであるのに、そうとは認められない場合が多々あります。子供には保護者がいて、学校で有れば先生がいて、さらに校長先生や教育委員会があります。いじめをする子供達の周辺には、社会的にそのいじめ行為の責任をとるべき立場の人たちが大勢いますから、その人たちが責任を回避するために様々な努力をするのです。

 よく言われるのが、いじめる側だけでなくいじめられる側にも問題があるという話です。これは本当にそうなのでしょうか。犯罪にならなければ、何をやっても許されると考える人もいるでしょう。もちろん刑事責任を問うことのできないいじめだけだけではなく、いじめがエスカレートしてしまい、いじめの被害者が亡くなってしまったケースでは、当時の少年達は刑に服することもなく、普通に家庭を持ち子供を育てている人もいるでしょう。いじめがいいことだと考えている人はいないでしょうが、自分のやっている行為が「いじめ」だと認識していない人も存在します。もしくは少なくとも自分がやっている「いじめ」を悪いことだとは思っていない場合もあります。こうしたケースでは、いじめる側は、自分を正当化する何らかのいいわけを持っています。

 いじめの問題は、犯罪か否かで論じることは難しいのですが、少なくとも人を精神的に追い詰め、誰かを自殺に追いやっても、罪悪感を抱かない人が確実に存在しています。いじめられていた子供が、自分をいじめていた子供に逆にいじめをやり返すというのも無い話ではありません。今の子供達は、保身的な考え方が昔よりも強くなっています。自分で自分の身を守るというのはもちろん当然のことなのですが、この考え方が、いじめを見てみぬ振りをするという風潮に結びついています。直接的にいじめに加担する、いじめを行なう人は、客観性に欠けることが多く、人間関係において主観的である場合が多くなっています。ですが客観的にみれば、いじめていた側は責任を負わなくてはいけません。加害者の人権を守るためといういいわけで、多くの事件がなかった事にされてしまうからこそ、いじめる側の人がいなくなりはしないのかもしれません。

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